学校やテストではタブー。しかし社会ではそうではない!カンニングなんてしてしまえばいい。

カンニングという言葉を聞けば多くの人は『してはいけない行為』と思うと思いますが、果たして本当にそうでしょうか?

何の答えを欲するか?』それによってはカンニングは決して悪くはないのではないでしょうか?管理人はそう思います。特に仕事やビジネスとなれば、善意を持って自力に頼りすぎると反って自分を苦しめることにもなります。もし、何を変えたいという考えの中、その答えが見えるところにあるのであればそんなものカンニングしてしまえばいいのです。

今回は、カンニングに対する考え方はこういったこともあるのではないか?そう思うことを共有していきたいと思います。

そもそもカンニングとは?

日本社会におけるカンニングが意味するものは、『不正行為』という意味でしょう。しかし、そのカンニングとはCheating(不正行為)から取られた和製英語で、英語でいうCunningは『ずる賢い』という意味が正しいそうです。Cheating(不正行為)は日本ではチートとして用いられます。ゲームのデータ改ざんなどに対しよく用いられますね。

では、もしカンニングという言葉が本来の意味である『ずる賢い』という意味として考えるのであれば、こういった考えが出来るのではないかと思います。

学校や試験等のテストにおいてはカンニングが不正行為(チート)として定義される為、世間はカンニングを不正行為と認識する。

難しい言葉の言い回しをしていますが、私が言いたいのは、人の答案用紙を見て、自分の答案用紙を埋めるという行動自体は『答えを求める方法』としてはずる賢いだけである。そう言いたいのです。しかし、個人の能力を見極めるテストなどの環境下においてはその行為を許すことでテストの意味を持たなくなります。つまり、カンニングは、

テストの意味を無効化する、いわばチートです。冷静に考えればわかりますが、テストにおいてカンニングが許されれば、受験生同士で答え合わせをしてもいいということになりますから。日本教育環境化においては、カンニング=不正行為と思い育つ為、それがいけないことと感じていますが、ただただ、

不正行為の一つとして『カンニング』があるということです。そもそもテストにおいてカンニング以外まともな不正行為がありませんからそう思う事自体は不思議ではありません。ただ社会においてはカンニングをしても大したことないということが事実でしょう。

ずる賢く生きるのも決して悪くない

いきなり質問になりますが、世間には多くの成功者がいますが、それは全てオリジナルでしょうか?答えはノーです。

もしこの答えがイエスとなるのであれば、成功者と呼ばれるのは、現代社会におけて偉人や天才と呼ばれる人だけでしょう。例えばですが、現在のスマートフォンにおけるOS、PC環境におけるOSは主にAndroid・iOSにWindows・Macと似て非なるものは沢山あります。生前のスティーブン・ジョブズと現マイクロソフト社ビル・ゲイツのヒストリーを知る方は分かると思いますが、ビル・ゲイツは管理人的にはカンニングの天才だと思います。『ずる賢さの天才』って言うとなんか響きはおかしいですが、自分が求める答えを他人から見つけ、他人が思いつかない方向にシフトしていく能力が非常に高いと私は思います。

もし、ビル・ゲイツの心がピュアであれば、マイクロソフトが今あったかも、スティーブン・ジョブズとの秘話も、もっと言えば現代社会に溶け込む多くのパソコンもどうなっていたかはわかりませんよ?

他にも、きっとずる賢い人というのは多くいますが、それを語る事に意味はありません。ですが、時にはずる賢く生きるという選択も決して悪くはないということが伝わればと思います。

著作権侵害や特許のあるものを真似るのは法的にもよろしくないのでご注意を!!